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福岡の高校留学 ジャパンセンター の留学経験者の声

留学経験者 梅谷 勇太 君
出身 福岡県
留学種別 高校
留学先 オーストラリア
留学期間 1年間

僕はオーストラリア留学を、知人からの紹介できめました。
いざオーストラリアに着いてみると、その知人が予想外に頼りなく、VISAの更新などの留学に必要な手続きに様々な問題が生じ、半年で一時帰国しました。
その時に出会ったのがジャパンセンターです。様々な相談に親身にのって頂き、かつ、スピーディーに解決して下さりました。やはりプロの経験と交渉力は違うな、という印象を忘れることができません。特筆すべきはその親切さにあると思います。
どんな時でも相談可能ですし、各々の留学生に適した提案や解決策を提示して下さるので、両親も安心して僕を送り出すことができたのだろうと思います。再出国後も、様々なサポートのおかげで円滑に留学生活を送ることができました。
外国人の友達も沢山できましたし、彼らとの交流を通して、英語だけでなく様々な文化も学ぶことができました。しかしながら、留学生は帰国した後が最も大変なのは皆さんご存じだと思います。その理由は、異国の地・文化の中で暮らしてきた留学生は、日本での生活にすぐさま順応できないからです。生活面はもちろん、勉強や学校の規則まで、何から何まで違うので、それは当然と言えるでしょう。僕にも日本の生活がつまらなく感じていた時期がありましたが、そんな相談にも快く乗って下さりました。色々な言葉をかけて下さり、前向きになることができたのはジャパンセンターのおかげです。この、アフターケアの素晴らしさもジャパンセンターの素晴らしさだと感じています。そして、新しい生活の楽しさと厳しさに気づくことができ、留学の経験を活かしたNPO法人での国際交流活動や語学の勉強に目覚め、NPO活動では市長対談、語学ではTOEIC900点・英検準1級を取得することができました。
きわめつけに、慶応大学法学部法律学科、並びに、同大学総合政策学部にAO入試で合格を決めた時は、「留学して良かった!!努力して良かった!!」と心の中で何度も叫びました。
最後に、留学するにあたってエージェントとは僕の両親みたいなものでした。
僕を守って、僕のために戦ってくれる存在でした。せっかくエージェントを選ぶならば、親切で頼りがいのあるジャパンセンターがお勧めです。

梅谷 勇太

留学経験者 Y.F 君
出身 福岡県
留学種別 高校
留学先 カナダ
留学期間 3年間

息子は高1の3学期頃、3ヶ月の語学留学のあとカナダの高校留学を決めました。
親の心配をよそに学校は英語の勉強に行くのだから日本人の少ない学校に行きたいと言った時は、息子の頼もしさを知ることが出来ました。
留学の際には、高橋社長をはじめスタッフの方々のサポートのおかげで心配なく送り出すことが出来ました。
息子もカナダの文化にふれ、さまざまな体験を通して大きく成長したのではと思います。
現在は日本の大学で環境の勉強に励んでおります。

Y.F 君 (母)

留学経験者 井上 君
出身 福岡県
留学種別 高校
留学先 カナダ
留学期間 3年間

カナダ留学を終えて

3年間、海外留学をして様々な人種、文化などにふれる事で今の自分はすごく成長したと思います。
はじめは、未知の国へ行くことへの抵抗もありましたが、思いきって行ってみてよかったと思います。
これまでの経験をいかしていきたいと思います。
留学に対する不安や心配などは、ジャパンセンターの協力によって、何の問題もなくスムーズに進むことができました。
他のエージェントとはちがい、親身になってサポートしていただきました。
本当にありがとうございます。

三年間の留学を終えて


全く英語を話す事も出来ないまま旅立ち、早いもので3年間の高校生活を終え、無事に帰国しました。
夢や目標・・・その時は、その様な大それたものはなく英語を話せる様になりたい。その思いからカナダの高校に行くと決めました。
目標は3年間での卒業です。中学を卒業したばかりで不安はありましたが、変な先入観のない今だからこそ、早く環境にも慣れてくれるのではないかそして毎日、英語にふれた生活が一番の近道だと思ったからです。
知らない国での言葉の壁や文化のちがいにとまどったことでしょう。
親や友達の期待を背負い頑張ったからこそ、大きく成長したように感じました。
いろいろな国の友達もでき、今後の自分の進む道も見えて来た様です。
私たちが安心して留学させられたのは、常にジャパンセンターのサポートがあったからだと感謝しています。
カナダに不都合があった場合や体調をくずしたときにもすぐに対処していただきました。今の状況や状態、経過などタイムリーに報告してもらう事で、すぐ近くにいる様に感じる事が出来ました。毎月、送られてくるレポートにより息子の日々の様子を知る事ができ何の心配もなくなりました。
本当にありがとうございました。

井上 君 (母)

留学経験者 亀田 篤史 君
出身 福岡県
留学種別 高校
留学先 ニュージーランド
留学期間 在学中

高校1年の冬、今の生活を変えたい、環境を変えたいという思いから息子の留学生活がスタートしました。
当初、留学に関してほとんど知識がなかった私たちにとって、ジャパンセンターの高橋さんとの出会いは衝撃的でした。
高橋さんの言葉は、わからないことだらけ、不安だらけの”留学”に安心感を与えてくれるものでした。
そこから、私たちの留学準備は一気に進み、あっという間に1月の出発の日を迎えることになりました。
これまで英語が得意であったわけでもなく、特に留学に関心があったわけでもない息子にとって、いきなりの海外生活はかなり大変だったようです。
まずミュニケーションに苦戦し、仲のいい友達のいない環境に慣れず、なかなか馴染めなかったようです。
そんな中、問題が起こるたびに、現地の(ニュージーランド)担当の方と蜜に連絡をとり、対応して下さり、とてもありがたく感謝している毎日です。

今年の夏、半年たって一時帰国した息子は、少しスマートになっていたものの、まっ黒に日焼けしてひとまわり大きく、たのもしく見えました。
まだまだこれからです。やっと半年を過ぎたところ・・・
この先、さまざまな経験をして、時には壁にぶつかり悩むこともあるでしょう。それでもしっかり乗り越えていってくれると信じています。
そんな自信のようなものを今回帰国した息子をみて感じました。
これからも心配やご迷惑をお掛けする事と思います。
息子をどうぞよろしくお願いいたします。

亀田 亜紀子 (母)

留学経験者 河合 純 君
出身 福岡県
留学種別 高校
留学先 カナダ
留学期間 3年間

息子がカナダに留学してから、あっという間に3年が過ぎ、先日何とかバンクーバーの高校を卒業することができました。3年前、事前準備もほとんどせず日常会話もままならないままカナダに送り出した子供が何とか卒業できたのも高橋社長はじめとするジャパンセンター様のスタッフの方々のサポートが有ってのことと感謝しております。

海外生活の経験の無い親としては、カナダでの暮らしや学校のことは全く分かりませんでしたので、留学前の学校選び、生活の面での助言、一から十までジャパンセンター様にお世話になり通しでした。留学後も部屋に電話が要る、携帯電話が必要だ、旅行に行く、ホームステイ先を変わりたい、家庭教師が必要だ等々、次々と子供が起こす問題に親身になって対応していたできました。私もカナダのことは子供にまず高橋社長に相談してみるように言っておりますし、子供もまずは高橋社長に相談すると言うほど高橋社長を頼り、信頼を寄せております。

サッカー、ラグビー、スノーボードと学業以外にも積極的に参加する子供を頼もしく思う反面、怪我や学業への影響を心配しながらも、それでも何とか親がカナダに出向くこともなく3年間を乗り切れたのはジャパンセンター様のサポートが有ってこそと思っております。毎月頂く留学レポートも学業のみならず生活全般に関して書かれており、子供のカナダでの生活を客観的に知る貴重な情報となておりました。

息子はカナダでの留学生活を終えましたが、アメリカの大学への進学を希望しておりますので、これからも高橋社長はじめジャパンセンターのスタッフの皆様のお世話になることと思います。今後ともよろしくお願い致します。

最後となりましたが、ジャパンセンター様の益々のご発展をお祈り致します。

医療法人ハート  樋口矯正歯科クリニック
理事長 院長  河合 悟 (父)

留学経験者 佐藤 絵里佳 さん
出身 千葉県
留学種別 高校
留学先 カナダ
留学期間 2年間

初めて留学したいと思ったのは、ただ単純に「英語が話せるようになりたい」と思ったからだった。高校1年の時、友達が1年間の高校留学に行くと聞いて、高校留学という選択肢があるということを知り、たまたま近所にあったジャパンセンターに話を聞きに行ったのがきっかけだった。そこで聞いた高校留学の話は、私にとって未知の世界でとても刺激的だった。「留学したい」という想いが芽生えたものの、父の転勤に伴い、高校2年から転校することが決まっていた高校では、高校1年からの1年間留学のための休学は認めていたけれど高校2年からは認めていないと聞いて、高校留学は諦めていた。しかし、転校した慣れない高校で大学受験のための勉強をして、毎日同じ電車に乗り、同じような毎日を送っていた中で、このままの毎日を過ごしていていいのかと感じ始めた自分がいた。そして、改めて留学したいと思い始めた。高校2年の夏休みに試しに2週間の語学留学に行ったカナダで、高校留学受け入れの締め切りの迫ったある日、日本にいる両親を電話で押しに押して説得した。中学3年の時に、左目を怪我して4度の手術を経験した普通の人とは違う身体を持つ私を目の届かない海外へ行かせることに対する両親の心配な気持ち、せっかく転校した高校を卒業してほしいという両親の気持ち、カナダという遠い国にいた私を説得する術を持たなかった両親の気持ち、2度目の高校に払った入学金や授業料・教科書代・制服代など全てを投げ打って、3ヶ月だけ通った日本の高校に退学届けを出して、新たに始まる高校留学に期待だけを胸にカナダに出発した。

留学中には辛いことも楽しかったことも本当に多くのことを経験した。カナダに行って3ヶ月くらい経ち英語も徐々に聞き取れるようになったけれどまだ上手く話すことができなかった頃、同じ授業を取っていた女の子に、「私たちがしゃべっていることあなたにはずっと分かんないよ。」と言われて泣きたくなったこともあった。寝ていた時に、夢で英語を話している自分が出てきて翌朝1人、緩む顔が抑えられなかったときもあった。最初のホストマザーにホストファミリーを変えたいと告げたときの罪悪感のような胸の痛みや気まずさにどうしていいか分からない気持ちを抱えたこともあった。留学2年目の頃、厳しい先生の難しいEnglishの授業で何度もessayの宿題が出たとき、「こんなの書けないよ」と諦めそうになりながら泣きそうになりながら、それでも意地で書いたessayをその先生から高評価をもらって褒められたときはとてもとても嬉しかった。カナダでの2年半の生活はここには書ききれないほど多くのことがあった。

卒業式後に単位を取り終わったものの、卒業式に間に合わず出られなかったことは心残りだが、留学を終えて帰ってきた私はやり遂げた達成感に晴れ晴れとした気持ちだった。日本に帰ってきてすぐ帰国子女枠での大学受験を受け、聖心女子大・学習院大・立教大・明治大・横浜市立大に合格した。現在は、立教大学法学部2年生として勉強や部活やバイトに励んでいる。反対しつつも留学に行かせてくれた両親や支えてくれたジャパンセンターの方々、励まして力になってくれたホストファミリーや友達に感謝の気持ちを持ちながら、いつかみんなに恩返しできる自分になれるように大学生活を過ごしていきたい。

留学経験者 神原 真央 さん
出身 岩手県
留学種別 中学・高校
留学先 カナダ
留学期間 4年間

娘が、中学2年生の6月に突然、留学したい、と言い出した時には驚きました。
通っていた公立中学校は、それまで留学生を出した事例がなかったので、初めは私も担当の先生も戸惑い、反対しました。
しかし、子供の決意が固く、市の教育委員会や学校の校長先生が、子供の希望を受け入れ、そんな折、ジャパンセンターさんに出会い、何と3ヵ月後の9月には、カナダ・ビクトリアの中学生になっていました。

その後、高校進学もお世話になり、この6月に、無事カナダ・ケローナの高校を卒業することができました。
その間、何度か日本へ帰ってきていましたので、12歳の時から、国際線を乗り継いで日本とカナダをたった一人で往復できたのも、アドバイスをいただいたジャパンセンターさんのお陰だと思っております。 私も子供の生活を見たくて、初めて子供がカナダに向かう時に一緒に行ったのですが、バンクーバーに着いてすぐ、乗り継ぎの飛行機に遅れてしまい、携帯からジャパンセンターの高橋社長へ日本時間では朝の4時前だったのですが、慌てて電話したのが、今は懐かしい思い出です。
登校日にも現地の中学校へジャパンセンターのスタッフの方が出向いてくださいましたし、私も自分の目で娘が通う中学校やホームステイ先を確認し、とても良い環境で学ぶことができることを実感して、留学させて良かったと思うことができました。

5年間の間には、門限が厳しすぎる、ホームステイ先を変えたい、ダンスを習いたい、日本人のいない高校に行きたい、学校は留学生に厳しいので、学校を休んでしまって強制送還?などなど、実際いろいろなことがありました。そんな時も、現地と調整し、親身になってジャパンセンターさんが対応してくださいました。娘の5つ年上の姪も、大学留学の時にお世話になりました。
またホームステイ先での経験なのか、家に戻ると、家事一切を行い、料理も得意で、頼もしく感じます。
日本にいる間は、海外の友人と北海道で会ったり、東京で会うなど、楽しんでいるのが伝わってきます。
日本の高校3年生なら、受験勉強の時期なのに、そうした強制的な感覚の中にいないことは確かです。
子供は今、心理学や生医学を勉強したい、ということでアメリカとオーストラリアの大学から合格通知をいただいていますが、大学は自分で調べ、論文を提出し、選んでいますので、一番行きたい所に行くと思います。

先日、高橋社長さんから、「17歳で、海外の大学とやりとりして、自分で決めていくなんて、普通なかなかできないですよ。」と、言っていただきました。
確かに、中学の時は、英会話もよくできない状態でカナダに行き、今は自分の進路を自分で切り開いているのですから、本当に成長したと思います。 私が、子供に学んで欲しいことは、くじけなければ何度でも、やり直しができる、ということ。まだ17歳で、大変な思いはしていないかもしれませんが、海外でも経験が、枠にとらわれない自由な発想と、自分から行動する自立した人間になりつつあることを、うれしく思います。
今まで細かいことに、その都度、丁寧に対応してくださったジャパンセンターさんに心から感謝申し上げます。

(有)ウエルネス 代表取締役
加賀野の森 総施設長  神原美智子 (母)

留学経験者 山口 聖羅 さん
出身 福岡県
留学種別 中学・高校
留学先 カナダ
留学期間 4年間

データ作成中

留学経験者 酒井 奈津代 さん
出身 福岡県
留学種別 中学・高校
留学先 カナダ・イギリス
留学期間 在学中

中学卒業後、私は高校では新しい事をしたいと思い、大好きな英語を伸ばせるカナダへの留学を決意しました。
しかし、初めての1人での海外生活は不安でたまりませんでした。
特に慣れない英語でのコミュニケーションは本当に大変でした。
実は英語が好き、というだけで全く喋れず、中学での英語の成績は自慢できるものではなかったのです。
周りに日本人も全くおらず、頼れる人もいなかった為思考錯誤のすえスケッチブックを持ち歩き分からない単語は絵を描いてカナダ人とコミュニケーションを取りました。
他にも日本から持ってきた英語の単語帳を手に取り毎日何時間も書いたり覚えたりしました。
さらに、興味のある映画のDVDを何度も繰り返し観て会話のレベルUPを計りました。
元々勉強好きでは決してなかったのですが、何故ここまでしたかというと、やっぱり1日もはやく現地の人との交流を望んだからです。
海外留学したからといって必ずそこで英語能力がUPするという事は全く無く、そこで自分が何をしたかが1番大事でその結果が英語能力をUPさせる事につながると思います。
そのおかげで今はほとんど不自由なく英語での生活をおくれています。
しかし日本と違いカナダでは何もかもが自由で楽しかった為私は自分自身がゆるんでしまい学問をおろそかにしてしまう所が多々あり、思いきって別の環境であるイギリスへの留学先を変更しました。
イギリスはカナダと違い良い意味で厳しく、新鮮な気持ちで再出発できました。
難点といえば寮生活や規則、学業がカナダ以上に大変な所です。
しかし、私にとっては逆に厳しい環境の方がかえって良かったと思えます。
今は日本の大学に向けて日々勉強に励んでいます。
いつも陰ながら支えてくれる両親や他の生徒の2倍、3倍もご心配、ご迷惑をおかけした高橋社長、斉藤さんに心から感謝しています。
本当にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

娘の留学を振り返って


高校より留学したいとの娘の希望でジャパンセンターさんを訪れ何度も相談した末、カナダへの留学が決定。
関西空港で一人旅立つ姿を今でも鮮明に覚えております。
本人も大きな不安と希望をもって出発したことでしょう。
親の気持ちとしては、よくこの若さで一人外国で暮らせるものだと感心するやら、心配するやらの始まりでした。
周囲からは、「よく一人娘を手離せたネ」と驚かれたものでした。
慣れない環境、習慣の違い、英語漬けの毎日、ホームステイの問題など戸惑うことも多かった様で、時差を気にせず掛けてくる深夜の電話はほとんどの内容が両親を心配させるものでした。
「便りのないのは良い知らせ」とはよく言ったものです。
本人のワガママや自覚のなさもあったのでしょう。
カナダよりイギリスへ留学先を変更することになり、多大の御迷惑、お手数をおかけ致しました。
これが、大きな転機となり、イギリスの高校へ移ってからは周囲の環境の変化もあり、又留学生活にも慣れてきたせいか、少しずつ落ちつきをみせ、帰国のたびに成長してゆく姿をみることが出来ました。
両親の有難さ、人への感謝、日本の良さを再認識したようです。
幸い周囲の友人にも恵まれ、楽しい寮生活をエンジョイしている様です。
但、学業に関しては厳しい様で、中々思う様にゆかず、苦労している様ですが・・・
今年の夏は、折角の留学経験と好きな英語を行かせる大学をと考え、TOEIC、TOEFLの受検やオープンキャンパスの見学など多忙な日々を送っております。

長い人生、決して無駄にならないこの留学の機会を与えていただき、その後親身なサポート、アドバイスを下さったジャパンセンターの斉藤様、高橋社長様には大変感謝を致しております。
今後とも引き続き見守っていただけます様、切にお願いする次第です。

酒井 博 (父)

留学経験者 森 典子 さん
出身 福岡県
留学種別 高校
留学先 カナダ
留学期間 2年間

娘の留学について

娘は高校2年の半ばにカナダに留学しました。
英語も殆どできない高校生で、娘からカナダに行くといわれた時は驚きでした。
カナダではホームステイ先の家族を紹介され、公立のカレッジなので日本の単位を持っていったものの
全ては英語の授業、英語の生活でよくがんばったと思います。

帰国後の娘はホテル専門学校に通い、今、横浜の外国人客が多いランドマークタワーのホテルに勤務しています。今の娘を見てみると物の考え方が大きくなり、チャレンジ精神が養われた気がします。
今後が益々楽しみな娘です。

2009.8.12 森 良一 (父)

留学経験者 内田 貴大 君
出身 熊本県
留学種別 高校
留学先 カナダ
留学期間 4年間

まさか、長男かカナダの高校に行くなんて、考えても見ないことでした。
中学3年受験期に入り、夏休みに塾通いしておりましたが、知人(その方の娘さんはイギリスの中学、高校を卒業されておりました)から、娘さんの留学の話を伺い、また夏休みで帰省している時にお会いすることかでき、私はすっかり、長男・・・冒険、いや修行、いや、世界に羽はたいてほしい、と思いました。
そうして、広い視野をもって自立して帰ってくることを願いました。
もしかしたら、甘ったれの子でしたから、途中で挫折するかもしれないと思いましたか、それも、本人にとっては、貴重な体験、自分を見つめるよい機会でないかと思いました。
中学卒業後、すぐに、長男は旅立ちました。あしかけ4年、色々なことがありました。
その一つ一つ、高橋さんをはじめジャパンセンターの皆様か家族のように説身になって配慮くださり、おかけさまで・・・
まさか貴大がカナダの高校を卒業できるなんて・・・という大きな喜びを頂きました。
現在は、帰国子女での大学への入試に向かって、勉強(英語と小論文)しております。
この4年で長男は、自立心、周りの人への気配りなどずいぶん成長しました。
今年20歳になり、いよいよ成人しました。

カナダに渡ってひと月め、語学学校で一度、電子辞書を盗難に遭い(保険ですぐに補償されましたが)、涙を流してしっかりしなくちゃいけないと反省していたこと。
成績か芳しくなく、転校することになり、ホストファミリーか転校先の新しいホストのところまで送ってくださり、貴大は努力家で、とてもやさしい子なんだとわが子のように頼んでくださり、応援して頂いたこと。
カナダに合いに行った私達夫婦を、バンクーバーのビザのおいしいお店、すばらしい図書館、格安で買える電気店・・・とわか庭のように案内してくれたこと
イエロ一ナイフヘオーロラを見るために一人旅、私達とハワイで待ち合わせしこ旅行・ロッキー山脈のすばらしさ
体育のカヌーの授業で湖に落ち、眼鏡を落としたが、おぼれそうになった友達を助けたこと。
サマースク-ル(夏休み返上)で苦手な教科を毎日毎日特訓し、単位を取得していったこと。
クッキングの先生の手伝い(カフェテリアのランチ)をして料埋がでぎるようになったこと。

少しづつですが、一人異国の地で、友人、先生、ホストファミリーと親交を深め、努力を重ねてこそ目的を達成できるという経験をしたことは、今後の彼の人生に大きな力になると確信しています。
緩やかに時間が流れ、大らかな人々と過ごした、カナダの国がとても恋しくおもうときがあるんだ、いつか、もっと成長してカナダでもまたアジアの国でも働いてみたいなと考えている長男を、頼もしく感じます。

有限会社 ウチダ 代表取締役  内田浩嗣 (父)

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